For my friends who can read it, this is my speech from the Kumamoto Gakuen University speech contest I entered. I somehow managed to walk away with the audience-voted Best Speech Award, the judge`s Best Grammar Award, and a few other trinkets… (For the English translation, see the previous post)
富士山との戦い
私は2001年の夏、青森から静岡までヒッチハイクで行きました。この旅の目的は日本で一番敬愛されている富士山に登ることでした。
登山口に着いたときはもう暗くなり始めていました。実は、この時私が富士山について知っていたのは、日の出を見るために夜に登る人が多い ということだけでした。すぐに、古ぼけた看板のある山道に入り、100円ショップで買った懐中電灯を持って、歩き始めました。ところが、2合目、3合目と歩いても誰にも会いません。時々顔にクモの巣がかかっただけです。この道は、今は使われていないかもしれないと、だんだん心配になってきました。4合目までに大ガエルを踏んでびっくりしたり、ガザガザという大きな音が聞こえて、「熊だ」と怖くなったりしました。夜に一人でハイキングする時、音が聞こえるといつも熊と思ってしまうのは私だけでしょうか。
5合目に近づいた時、ちょうどツアーバスから降りたばかり100人ぐらい日本人に出くわしました。その時初めて、ここまで車で来られることを知りま した。まるでピクニック気分のグループをとおりすぎながら、私がカエルや熊の妄想と戦った5時間は無駄だったことに気がついて、つい英語でののしっ てしまいました。その時、私の英語を聞いて「あなた、バスに乗ってた?」とうつくしい外国人聞かれて驚きました。その女性は、ベロニカというオーストラリアから来た英語の教師で、ボーイフレンドのピーターという留学生と一緒でした。5合目からは、新しい登山の相棒二人と、日本の生活についていろいろ話しながら歩きました。ところが、7合目を過ぎるころ、だんだん天気が悪くなっ てきました。風が強い上に大きなひょうと砂まで降ってきました。8合目は、山小屋の側のベンチに座っているたくさんのハイカーで込んでいました。 アメリカから来たハイカーが「9合目と10合目がクローズした。危な過ぎるって。二、三年ぶりの悪い天気で、頂上で立てないほど風が強いそうだよ。」と、 教えてくれました。

時間が経って、ほとんどのひとが帰ってしまいましたが、私たち3人と頑固なアメリカ人のグループだけが残りました。私たちは、 ひょうや砂から身を守るために、500円の寝袋にくるまってベンチに座り、旅の話をしながら待っていました。長い長い二時間が過ぎて、私たち は、とうとう頂上まで行けることになったのです。ふたたび、登り続けてやっと頂上に着きました。その十合目の山小屋に入っておいしいそうなみそ汁の香りをかいでとても高かったけれど、買ってしまいました。その富士山の頂上で買ったみそ汁は今までで一番おいしかったです。
今日、私が皆さんにこの話をしたのは、富士登山は人生に似ていると思ったからです。富士山の頂上に着くまでに、いろいろ大変なことがありましたが、最後まであきらめなかったから、私は、あのおいしいみそ汁を飲むことができたのです。私たちは、やまの頂上、つまり自分の目指す人生 のゴールに着くまでに、いろんなことに出会うでしょう。でも、何度失敗しても、どんな難題があってもがまんして、歩き続けるとが大切だと思い ます。もし、あきらめないでゴールに着くことできたら、きっと、あなたも、最後には、おいしい最高のみそ汁を味わうことができるでしょう!

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Did you really write that? Your Japanese got better since J200. Cool man, love the stories. Stay cool.